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名古屋地方裁判所 昭和56年(行ウ)40号 判決

原告 中村末広

被告 名古屋法務局瀬戸出張所登記官

代理人 服部勝彦 宮部享 佐野幹夫 ほか四名

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告が別紙物件目録(一)(二)記載の土地(以下「本件土地(一)(二)」という。)につき昭和五六年八月二四日付でなした昭和五五年一二月四日付地目変更登記につき錯誤を原因とする地目を畑とする各更正登記処分をいずれも取り消す。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

2  被告

主文一、二項と同旨

二  当事者の主張

1  原告の請求原因

(一)  本件土地(一)(二)(従前は二七番一筆の土地であつたが、昭和五六年一月に二七番の一から八までに分筆された。)は、昭和五五年一二月三日以前においては登記簿上畑と地目表示されていたところ、被告(当時の登記官は日比某)は、同月四日付をもつて本件土地(一)(二)の地目を畑から宅地に変更する旨の地目変更登記をした。

(二)  原告は、昭和五六年六月一一日、本件土地(一)を訴外佐々木常久から、本件土地(二)を訴外一光住宅株式会社から、それぞれ同日付和解契約を原因として、その所有権を取得し、その旨の所有権移転登記を受けた。

(三)  ところで、原告は、同年八月六日付をもつて、被告から本件土地(一)(二)につき再調査の結果、地目を更正する必要があるので同月二一日までに更正登記の申請をするよう催告を受けたが、これに応じなかつたところ、被告は、同月二四日付で、不動産登記法(以下「法」という。)二五条の二の規定に基づき、前記昭和五五年一二月四日付地目変更登記を錯誤によるものとし、地目を宅地から畑と更正する旨の職権による更正登記(以下「本件各処分」という。)をなした。

(四)  しかしながら、本件各処分は違法である。すなわち、被告は、現地調査など十分な現況調査をなしたうえで、前記のとおり昭和五五年一二月四日付をもつて地目を畑から宅地に変更する旨の地目変更登記をなしたのであり、その後本件処分時である昭和五六年八月二四日まで本件土地(一)(二)の現況は全く変つていないのであるから、本件土地(一)(二)の地目を宅地から畑に更正した本件各処分は事実誤信に基づく違法な処分である。

なお原告も、本件土地(一)(二)を買い受けるに際して現地に臨み、本件土地(一)(二)の現況がいずれも宅地であることを確認している。

(五)  よつて、本件各処分の取消しを求める。

2  被告の本案前の主張

(一)  請求原因(一)は認める。同(二)は、本件土地(一)(二)の登記簿上の所有名義人が原告であることは認めるが、その余は不知。同(三)は認める。

(二)  本件各処分は行訴法三条二項の処分に該当しないから、その取消しを求める本件訴えは、不適法であつて、却下を免れない。

すなわち、土地の地目に関する登記は、所在、地番地積に関する表示登記とあいまつて、登記対象の土地の同一性を識別する目的で、該土地の物理的現況を表示するにすぎないものであつて、登記簿上の地目いかんは、土地所有者その他の関係人の権利義務に何らの消長を及ぼすものでないから、地目を更正する旨の本件各処分は、行訴法三条二項の処分に該当しない。

(三)  後記原告の主張3(二)については、次のとおり主張する。

農地法上権利移転の制限を受ける農地であるか否かは、当該土地が登記簿上田又は畑として地目表示されているか否かによつて決定されるものではなく、農地行政の観点から主として当該土地の現況に即して判断されるべきことである。

これと見解を異にする原告の主張は失当である。

また原告は、地目が畑であることによつて売却価格も地目が宅地であつたときよりも低価格になる旨主張するが、地目が畑であるからといつて法令上その譲渡価格が制限を受けるものでもないから、原告の前記主張は失当である。

さらに原告は、固定資産税の賦課徴収が登記簿上の地目いかんによつて著しく差異を生ずる旨主張するが、土地にかかる固定資産税の課税標準は土地課税台帳の登録価格によるものであり(地方税法三四九条一項)、土地課税台帳の登録価格は固定費産評価員の調査結果に基づき市町村長が決定するものである(同法四一〇条)から原告の右主張は失当である。

3  本案前の答弁に対する原告の反論

(一)  土地の地目に関する登記が所在、地番、地積に関する表示登記とあいまつて、登記対象の土地の同一性を識別する機能を有することは被告主張のとおりである。しかし、右機能を有することと、右表示の更正が行政庁の処分にあたるか否かとは別問題である。

すなわち表示登記のうちには、例えば、所在、地番のように登記官の主観や判断が全く介入する余地のないものもあるが、右以外の表示登記については一律に論ずることはできない。即ち、地積は、現地における物理的測量によつて客観的に確定するものであるから、登記官の判断は、必要としないが、地目は、土地の現況から容易に確定できる場合もあるが、一般的には登記官の判断により、公権的に決定しなければならない場合の方が多いのである。まして職権による地目の更正登記は登記官の有する実質的審査権に基づく公権力の発動としてなされるものであるから、行政処分に該当する。

(二)  本件各処分により原告の受ける不利益について

原告は、本件土地(一)(二)を売却等するに際しても、農地法上の制限を受けるとともに、その売却価格も地目が宅地であつたときよりも低価格になり、経済上の不利益を蒙ることになる。また固定資産税の賦課徴収上も地目いかんによつて著しい差異を生ずるうえ、都市計画法四三条六号ロの「すでに宅地であつた土地」かどうかは登記簿上の地目と「原因とその日付」欄の記載により確定されるので、前同条同号ロの適用に関しても、登記簿の地目いかんによつて著しい差異を生ずるのである。したがつて地目の更正は、直接、間接に国民の権利に重大な影響を与えることは明らかであるから、この点からしても、本件各処分は行政処分というべきである。

三  証拠 <略>

理由

一  本件土地(一)(二)につき、昭和五五年一二月四日付をもつて、登記簿上、地目を畑から宅地に変更する旨の地目変更登記がなされていたところ、被告が職権により昭和五六年八月二四日付をもつて、錯誤を原因として、地目を宅地から畑に更正する旨の本件各処分をなしたことは、当事者間に争いがない。

二  よつて、まず被告がなした本件各処分が行訴法三条二項所定の処分性を有するか否かについて判断する。

不動産の表示登記(所在、地番、地目等)は、当該不動産の同一性を識別するために、当該不動産についての物理的な現況を登記簿上に公示する制度であり、登記官は、右表示登記をなすにあたり、法五〇条に基づく実質的審査権が与えられており、もし、先になした表示変更登記に誤りがあることを発見したときは、職権を以つて更正登記をなすこともできる(法二五条の二、八一条ノ九)。

しかしながら、登記官のなす表示登記ないし更正登記は、当該不動産の物理的形状等を確定する効力を有するものでないことは多言を要しないところであり、本件土地(一)(二)が宅地であるか畑であるかは、もつぱら、本件土地(一)(二)の客観的形状により決せられるべきである。

従つて、本件各処分は、本件土地(一)(二)に関する原告の権利に法的変動を生ぜさせるものとは言えない。

してみると、本件各処分は、行訴法三条二項所定の処分性に欠けると言うべきである。

もつとも原告は、本件各処分により本件土地(一)(二)の地目が宅地から畑に更正されることによつてその権利移転には、農地法上の制限を受けるし、本件土地(一)(二)の売値も低下する旨主張するが、本件土地(一)(二)の権利移転が農地法上の制限を受けるか否かは不動産登記簿上の地目のいかんによつて当然に決定されるのではなく、本件土地(一)(二)の現況のいかんによつて決定されるものであるから、もし、本件土地(一)(二)の現況が宅地であれば、原告は、その旨を立証して農地法上の制限を免れることは法律上可能である。

また本件土地(一)(二)の売値の低下がもし、本件各処分により生じたとしても、そのために蒙る原告の不利益は事実上の不利益にすぎず、法律上の不利益ということはできない。

さらに、原告は、本件土地(一)(二)の地目が畑であるか宅地であるかによつて、本件土地(一)(二)に関する固定資産税の賦課徴収上著しい差異を生ずる旨主張するが、地方税法三四九条一項、四〇八条、四一〇条、四一一条等によれば、本件土地(一)(二)に関する固定資産税の課税標準は、固定資産評価員の調査結果に基づき市町村長が決定した土地課税台帳の登録価格によつて決定されることが明らかであり、右固定資産評価員の現地調査における本件土地(一)(二)の物理的形状は、本件土地(一)(二)の登記簿上の地目に拘束される筋合のものではない。もし右評価員が現況と登記簿上の地目が異るのにかかわらず、登記簿上の地目を基礎にして評価したときは、その旨を主張し、地方税法四三二条ないし四三四条所定の法的救済を受けることが可能である。従つて原告の前記主張も失当である。

つぎに原告は、都市計画法四三条六号ロの「すでに宅地であつた土地」かどうかは、表示登記の地目と「原因とその日付」により確定される旨主張するが、同法同条同号ロの「すでに宅地であつた土地」かどうかは、市街化調整区域に関する都市計画が決定された当時の該土地の客観的形状によつて決定されるものであり、登記簿上の地目と「原因とその日付」の記載によつて当然に決められるものではない。

これを要するに、本件各処分が抗告訴訟の対象となる処分性を有しない以上、原告の蒙る不利益は事実上のそれであつて、法律上の不利益と目することができないというべきである。

三  以上の次第で原告の本件各訴えはいずれも不適法であるからその余の点を判断するまでもなく却下することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本武 澤田経夫 加登屋健治)

物件目録 <略>

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